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組合で法定雇用率を達成し 雇用確保、社会貢献につなげる

文=株式会社互幸ワークス 代表取締役 竹中 伸幸

電機メーカーからビルメンの2代目に

  当社は1979年に創業社長である父が川崎市に互幸管財として創業し、今年で35年になります。当時は清掃(引き渡し)と建設(改修・営繕)をしておりました。
 私自身は1995年に当社に入社しました。それまでは約14年間、大手電機メーカーで営業に従事してきました。学生時代には父の手伝いで清掃をしたこともありますが、大学時代や電機メーカーに入社したころは、今思えば恥ずかしいことですが、どこかビルメンテナンス業界に対する偏見があり、継ぐ気はなく、戻るとは考えていませんでした。
 しかしながら、社会に出ていろいろなことを学んだ中で、戻ることを決意し、当社に入社しました。
 入社したころは清掃や建設だけではなく、設備や警備にも業務を拡大し、忙殺されていたのを憶えております。
 そうしたなか、4年後の1999年に父が急に他界したのです。
 社長になる心構えはありましたが、急になるとは思っておらず、引き継ぎの準備もしていなかったため、社長就任にあたって右往左往しました。
 就任後はメーカー勤務時代の経験を活かし、これまでの3ちゃん企業から脱却させ、組織化をはかりました。これからは若い人にも来てもらえる、そんな企業を目指したのです。
 企業体質の変革にともない、結果的にスタッフは総入れ替えとなりました。会社としての基礎は父が築きましたが、メンバーを一新して新たな路線への出発となりました。

地域貢献から始めた障がい者雇用

 社長に就任し、試行錯誤するなか、2006年から地元の中学校や養護学校(特別支援学校)の生徒さんの職業体験受け入れを始めました。
 最初は地元の川崎市から依頼され、地域貢献の一環として始めましたが、学校でも掃除を行っているせいか清掃は親しみやすく、生徒さんや学校に好評で、今では1年間に延べ100名を受け入れる一大事業に発展しております。
 そうしたなか、地元の養護学校に通っていた柳田良輔さんが、職業体験を通じて「ぜひ、仕事としてやってみたい」と志願してくれたのが、当社が障がい者雇用を始めたきっかけでした。
 初めての試みのため、社内の受け入れ体制も不十分でしたが、養護学校の担任の先生や進路指導の先生から助言を得て、手探りで体制を整えていきました。現在では、当社に障がい者は8名在籍し、彼らをサポートする障害者職業生活相談員も2名おります。社員が相談員資格を持つことは地域貢献や社会貢献になりますが、それだけではなく、社員本人の勉強にもなっているようです。
 本人の努力はもちろんですが、社員のサポートもあり、柳田さんはアビリンピックの神奈川県大会で3位に入賞するまでになりました。
 そして、柳田さんが入社した翌年、今回のアビリンピック全国大会で金賞を受賞した大谷晃弘さんが当社に入社してくれたのです。
 2人は同じ学校の先輩後輩で、職場体験に参加し、柳田さんから話を聞いて入社を決めてくれたそうです。入社当初は柳田さんが大谷さんに教える関係でした。2人は互いに競い合って技能を伸ばし、ついに今回の金賞受賞に至ったのです。また、彼らをサポートする社員のアシストが大きな力になったことは言うまでもありません。現場で日々実践を重ね、ときには叱られつつ精進した努力が、無駄のない最速の演技につながったのです。

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